2011/10/27

『職業としての学問』

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マックス・ウェーバー著『職業としての学問』を読みました.

ポストにつけるかどうかは僥倖である.
学問が価値を示す時代はすでに終わった.
教育者は指導者 (自分の主張を押し付ける) ではない.

など,数十年後に読み返すと,もっと違った見方になるのかもなあ,などと思うようなところがいくつかありました.

いくつか印象に残ったフレーズを抜き書き.

学問に生きるものは,ひとり自己の専門に閉じこもることによってのみ,自分はここにのちのちまで残るような仕事を達成したという,おそらく生涯に二度とは味われぬであろうような深い喜びを感じることができる.

ある研究の成果が重要であるかどうかは,学問上の手段によっては論証しえないからである.それはただ,人々が各自その生活上の究極の立場からその研究の成果がもつ究極の意味を拒否するか,あるいは承認するかによって,解釈されうるだけである.

もし悪魔を片づけてやろうと思うならば,こんにち好んでなされるようにこれを避けてばかりいてはいられない,むしろ悪魔の能力と限界を知るために前もってまず悪魔のやり方を底まで見抜いておかなくてはならない.

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