2011/09/25

熱燗の美味しい飲み方

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このあいだ新潟に行ったときに,日本酒熱燗の美味しい飲み方を教えていただいたので,そのメモ.
熱燗は,むせるようなアルコールの匂いが鼻について,どうも好きになれなかったのですが,この飲み方を教わって,熱燗に対するネガティブな認識が180°転換しました.

結論から書くと,口のすぼまったお猪口を使ってはいけない,すり鉢状に口の広がったお猪口を使うべきである,ということになります.


夜,新潟三越裏の小さな居酒屋に連れて行っていただきました.名前を失念してしまったのですが,新潟のすべての酒蔵の日本酒をはじめ,地ビール,地ワイン,リキュールなども揃えた素敵なお店でした.
そこで教わったのが,前述の飲み方です.

よくみかけるような口のすぼまったお猪口(こんなの)では,飲むときに,蒸発したアルコール臭が濃縮され直接鼻に達し,不快感を感じることになります.

その一方,すり鉢状に広がったお猪口(こんなの)では,口が広がっているため,アルコール臭が拡散し,きつい匂いを感じることなくお酒を飲むことができます.

実際にふたつのお猪口で比べてみると,その差は歴然でした.
店主の方が言うに,熱燗は,ワインのテイスティングのように直接匂いを嗅ぐようなものではなく,飲んだ後に胃のほうからあがってくる香りを楽しむものなのだとか.昔からあったこのような文化を忘れてしまって,熱燗は匂いがきついなどと言っているのはなんとも…と嘆かれておられました.


もともと飲んだお酒が良いものだったのかもしれませんが,機会があればぜひ試してみてはいかがでしょうか.

2011/09/19

「セディバ猿人」は現生人類の祖先か

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一週間ほど前の『Science』誌に,Australopithecus sediba (いわゆる「セディバ猿人」) に関する一連の研究が報告されました.いくつかのニュースサイトでも取り上げられています.

セディバ猿人、現生人類の祖先の可能性 (National Geographic)
南ア発見のセディバ猿人、やはり現代人の祖先? (Yomiuri Online)

本エントリでは,今回の報告の背景と,研究の概略をまとめてみました.ただ,本エントリの内容は,論文そのものというより,『Science』誌および『Nature』誌のNewsやReview記事を参考にしています※1.この点に関してはご承知おいていただけますと幸いです.


背景

Australopithecus属とHomo属 [Gibbons 2011]

Australopithecus属のなかにもいくつか異なる種がいて,そのうちA. aferensisが後のHomo属の祖先ではないかと考えられています.A. aferensisの有名な化石”Lucy”※2は約320万年前ものと推定されています.
その一方,最初期のHomo属としては,Homo habilisの上顎骨が,約230万年前の地層からみつかっています.
このあいだの約100万年間に,どのような移行があった (Australopithecus属からHomo属が進化してきた) のかは,よくわかっていませんでした,


2010年の報告※3

2008年に,Witwatersrand大学 (ヨハネスブルグ) の古人類学者Lee Berger※4らが,南アフリカで人類の化石を発見※5しました.10代前半の男の子と,成人女性の骨※6が発見され,Bergerはそれらを新種とし,Australopithecus sedibaと命名しました.

ウラン-鉛年代測定や古地磁気を利用した年代測定法から,これらの化石の発見された地層は202.6±2.1万年前以降や195-178万年前以降のものだと報告されました [Dirks et al. 2010].

A. sedibaの特徴は,Australopithecus属的な形質とHomo属的な形質がモザイク状に表れていることでした.報告されていた形質のうち代表的なものを以下に示します [Balter 2010].
Australopithecus属的な特徴: 比較的小さい脳サイズ,小さめの体サイズ,長めの上腕
Homo属的な特徴: 小さめの歯,それほど出っ張っていない頬骨,長めの下肢,骨盤の形態

これらのHomo属的な特徴の多さをもって,Bergerらは,A. sedibaAustralopithecus属とHomo属の移行期にあった種 (つまりHomo属の祖先) であると推測し,A. africanusの子孫ではないかと考えました [Berger et al. 2010].


2010年の報告への反論

以下に示すように,いくつか問題がありました [Cherry 2010].

まず,すでに230万年前の地層からHomo habilisの上顎骨が発見されていることを考えると,200万年前の地層から発見されたA. sedibaは,Homo属の祖先と言うには,年代が少々後ろにすぎます.

次に,Bergerらの議論の多くが,子どもの骨を中心になされていることでした.子どもが成長すれば骨格の形も変わります.成長段階にあるため,通常大人ではみられないヒト的な特徴が観察された,という可能性があります.

そして,(これは古人骨研究ではほぼ避けられない問題ではありますが…) ばらつきのある集団のうちのたった数個体のみをもとにした議論には限界もある,という点です.

A. sedibaHomo属の祖先とする説に賛同する研究者もいましたが,多くの研究者は比較的懐疑的で,もっと証拠が必要だと考えていました [Cherry 2010; Balter 2010].


今回の報告と反応

今回の2011年の報告※7

新たに発見された骨を加え,最低5個体,220以上の骨がすでにみつかりました.今回の報告は以下のようなものです [Gibbons 2011].

脳: 全体のサイズは小さいが,前頭葉の一部の復元された形態はヒト的である.この結果は,Australopithecus属からHomo属への移行以前から大脳化がはじまっていったとする説と,矛盾しない [Carlsen et al. 2011].

手: Australopithecus属的な特徴 (強く柔軟な指: 木登りを示唆) と,Homo属的な特徴 (全体的に短い指と比較的長い親指: 精密な把握を示唆) が混在している.特に後者は,石器制作に関連すると考えられ,重要である [Kivill et al. 2011].

骨盤: Australopithecus属的な特徴 (寛骨臼の大きめの径,狭い産道など) と,Homo属的な特徴 (それほどせり出していない骨盤,全体的に垂直方向に長い形など) が混在している.これらの特徴は,頭の大きな赤ちゃんの出産より,二足歩行に対して,より適応していたことを示している [Kibii et al. 2011].

下肢: Australopithecus属的な特徴 (小さめのかかとの骨,頑丈な内くるぶしの骨など) と,Homo属的な特徴 (足首の関節の可動性,「土踏まず」が存在した可能性など) が混在している.この特徴は独特のフォームの二足歩行と,ある程度の木登りを示唆する [Zipfel et al. 2011].

年代: ウラン-鉛年代測定,古地磁気と層位学的な年代決定を用いて,Australopithecus sedibaの出土した地層の年代を197.7±0.2万年前と推定した [Pickering et al. 2011].


報告に対する反応

多くの研究者は,それでもA. sedibaHomo属の祖先とするには証拠不十分であり,後々まで生き残ったA. africanusに他ならないか,A. africanusの子孫ではないかと考えているようです [Gibbons 2011; Callaway 2011]

脳: 脳の形がよりヒト的であるとする説を受け入れるには,他のたくさんのAustralopithecus属個体の脳の形態と比較をする必要があるのではないだろうか [Callaway 2011].

上肢: 長い親指が必ずしも正確な把握と結びつくわけではない [Gibbons 2011].

骨盤・下肢: A. sedibaが他のAustralopithecus属よりひときわ二足歩行に適応していたとしても,Australopithecus属とHomo属の移行期には,それぞれの適応を遂げたさまざまな二足歩行が存在していた可能性が高い [Callaway 2011].


結論というか印象というか

『Science』誌や『Nature』誌の論調を見る限り,可能性はゼロではないだろうけれど,Homo属の祖先と言うにはもっと証拠が必要で,現状では,初期Homo属と同時期に存在したAustralopithecus属の一種と考えるのが妥当ではないだろうかという印象です.論文をきちんと読んでいないため,私個人としては確かなことは言えないのですが…


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参考文献

Balter M. 2010. Candidate Human Ancestor From South Africa Sparks Praise and Debate. Science 328: 154-155.
Balter M. 2011. Paleoanthropologist Now Rides High on a New Fossil Tide. Science 333: 1373-1375.
Berger LR, et al. 2010. Australopithecus sediba: A New Species of Homo-Like Australopith from South Africa. Science 328: 195-204.
Callaway E. 2011. Fossils raise questions about human ancestry. Nature doi:10.1038/news.2011.527.
Carlsen KJ, et al. 2011. The Endocast of MH1, Australopithecus sediba. Science 333: 1402-1407.
Cherry M. 2010. Claim over 'human ancestor' sparks furore. Nature doi:10.1038/news.2010.171.
Dirks PHGM, et al. 2010. Geological Setting and Age of Australopithecus sediba from Southern Africa. Science 328: 205-208.
Gibbons A. 2011. Skeletons Present an Exquisite Paleo-Puzzle. Science 333: 1370-1372
Kibii JM, et al. 2011. A Partial Pelvis of Australopithecus sediba. Science 333: 1407-1411.
Kivell TL, et al. 2011. Australopithecus sediba Hand Demonstrates Mosaic Evolution of Locomotor and Manipulative Abilities. Science 333: 1411-1417.
Pickering R, et al. 2011. Australopithecus sediba at 1.977 Ma and Implications for the Origins of the Genus Homo. Science 333: 1421-1423.
Zipfel B, et al. 2011. The Foot and Ankle of Australopithecus sediba. Science 333: 1417-1420.


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脚注

※1 論文にはひととおり目を通しましたが,私自身は形態や古人類の専門家でなく,非常にたくさん挙げられている形質のうち特にどれが重要なのか,勉強不足のため即座に判定できません.ですので,簡潔にまとまったNewsやReview記事と論文のAbstructを参考にし,重要な部分は論文の本文を詳しく読んで裏をとる,という形式で文章を書きました.間違いなどありましたら,ご指摘いただけると幸いです.時間があれば,本文をもっときちんと読んでアップデートできればと思います.

※2 上野の国立科学博物館に復元模型が展示してあります.

※3 このあたりの記事のまとめがわかりやすいです.ホモ属の特徴をもつアウストラロピテクス属の化石 (雑記帳)

※4 最初に発見したのは当時9歳だったBergerの息子Matthewだそうです.当初は論文の共著者にも含まれていたが,査読者から拒否されたとか [Balter 2010].

※5 古人類学にかける情熱は人一倍だが,スタンドプレーを好む研究者でもあり,また,彼がAustralopithecus africanusやHomo floresiensisについて提唱した学説は,多くの研究者からは支持されていない,という現状もあるようです [Balter 2010].

※6 古人骨の年齢や性別推定についてはこちらがわかりやすいかもしれません.骨から情報を読み解く (Togetter)

※7 このあたりの記事のまとめがわかりやすいです.アウストラロピテクス=セディバの特集 (雑記帳)