ラベル life の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル life の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2012/12/01

さよなら

このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

この場所にこれ以上の言葉を重ねることが,ちょっと息苦しくなってきたので,お終いにしようと思います.2010年の12月から2年間,このブログはその存在意義を十分に果たしてくれました.言ってみれば,自分に対して,文章という強力な魔法をかけていたようなものです.

しかし,いまの私には別な言葉・文章・魔法が必要です.ここに書いた言葉はきちんと効力を発揮しましたが,その残渣は,そのぶん強力な副作用ももっていました.

というわけで,私はこのブログから逃げだすことにしました.そのときどきに必要な言葉を,どこかに,それぞれ積み重ねていくことにします.それでは,さよなら.

2012/04/22

ラボ・ダイナミクス

このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

図書館でたまたま手にとった『 ラボ・ダイナミクス -理系人間のためのコミュニケーションスキル 』という本がとても良かったので,その抜き書きというかまとめというか ※1.研究室の人間関係について悩んでいた場合,たくさんヒントが得られると思う.

書評に関しては以下にまとまっている.
これぞ大学院生必携、『研究室の人間関係学』 - 赤の女王とお茶を

自己認識を深める ※2

1. 自分の感情を「知る」
思考を表す言葉 (e.g. と感じた,勝ちたい,決断する) ではなく,感情を表す言葉 (不安だ,おびえている,もどかしい) で,自分を表現してみる.名前をつけなければ理解することはできない.

2. その感情が行動に及ぼす影響を「予測する」
自分が1のような感情を抱いたときにどのような行動にでるか,最初に思いついた行動について考えてみる.

3. 状況にふさわしい行動を「決断する」
人に害をなすか,その状況にふさわしいか,プロの行動といえるか,我をもって対処していないか,にひとつでも引っかかれば,見直すべきである.

自己認識を深めるトレーニング

日々のなかでタイムアウトをとり,そのときの感情を分析してみる.ほんの少しでもいいから,感情に名前をつけて,記録してみる.不快な感情が予測される状況 (e.g. つまらないゼミ,緊迫した話し合い) で特に.
また,「心の地雷」のありかを探り,どのような状況でそれが踏まれてしまうのかを分析する.次にそのような状況に出会ったら,トイレに行くでも携帯電話を見るふりをするでも,とにかく時間稼ぎをして,その状況から心理的距離をおいて分析する.

交渉

立場の正当性ではなく,その背後にある双方の利益を念頭において交渉する.利益とは,あなたが交渉により最終的に手に入れたがっているものである.立場とは,あなたが利益を手にする手段のひとつにすぎない (e.g. 立場: ファーストオーサーになりたい,利益: 就職できる).立場は認めるか認めないかのどちらかしかないが,利益を満たす方法はいくらでもある.
交渉においては,パイをふくらませること (話し合いの要素を増やすこと) が重要.問題をそぎ落として,核心をできるだけ単純化してから,鍵となる単一の要素について検討するサイエンスのやり方とは正反対で,非生産的にみえるかもしれないけれど.

※1 書籍を購入してしまったのもあって,ここに記した以降はまとめていない.
※2 参考: 「怒らない」ということ

2011/11/19

ルーティンな生活 (あるいは 収束と発散)

このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク
内田樹さんの『最終講義 -生き残るための六講』という本に,以下のような文章がありました.

僕がルーティン大好き人間であるのは,ルーティンそのものが好きだからじゃないんです.そうじゃなくて,ルーティンを守って暮らしていないと,絶対に「アカデミック・ハイ」は訪れてこないということがわかっているからなんです.

これまでなんとなく感じてきたリズムみたいなものが,うまく文章化されているような気がしました.
私自身も,自分の生活をルーティンに保っていないと,うまい具合にパフォーマンスをあげられないことが多いように思います.それは,食べるものであったり,朝起きる時刻であったりします.
お昼においしいものを食べに行ったり,プライベートで人とゆっくり話をしたり,そういう贅沢をすると,なんだか心が落ち着かなくて,ふわふわしているうちに一日が終わってしまう,そんなことがよくあります.また,特に睡眠時間は重要で,明確に緊急な要件でもない限り,睡眠時間が足りなかった日は,ほとんど集中できずに時間が流れていきます.

でも,決して,それらの「非ルーティン」なことが必要ないと言ってるわけではないですし,それらがあったほうが,より一層わくわくどきどきできるようなときもあります.

この違い,どこから来るのかと考えて,自分自身のリズムとの対応が重要なのかなと思いました.
何かの目的を達成しようとしていたとして,最初インプットを重ねているとき,意識が内側に向けて収束しているような感じになります.この段階ではたいてい,生活がルーティンなほうが効率が良い.
しかし,ある程度たまってきたインプットをアウトプットに変換していくときや,いちばん最初にそもそもどういう目的を設定するか考えるようなとき,意識が外に向かって発散していくような感じになります.この段階では,「非ルーティン」によってリズムが撹乱されると,かえって面白い結果を出せるようになることがある.

本には,以下のような文章もありました.

自分の知性が最高の状態にないことに,空腹や眠気や渇きと同じような激しい欠落感を覚える人間だけが,知性を高いレベルに維持できる.

私にとっての「高いレベル」が本当に高いレベルなのかは定かではありませんが,こちらもなんとなくわかるような気がしました.
ごくまれに訪れてくる「アカデミック・ハイ」のわくわくどきどきした状態のためなら,「変化のない生活」も別に苦ではなくて.いや,苦とかそういうものではなくて,プロセスの一部である,とそんなことを思うのでした.