2013/05/23

ネアンデルタールの早い離乳

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思わずテンションが上がってしまったので,以下の研究について解説を書きました※1.Natureに載るべくして載ったという感じの見事な研究です.

Barium distributions in teeth reveal early-life dietary transitions in primates - Nature (元論文)
Infant tooth reveals Neanderthal breastfeeding habits - Natre (解説記事)
ネアンデルタール人、乳離れ早い…1歳2か月で - YOMIURI ONLINE

要約

この研究のインパクトは,
  • それほど注目されてこなかったバリウム元素を分析して離乳年齢を復元する方法を確立し,ヒトとサルで妥当性を確かめたこと.
  • その方法をネアンデルタールに適用して,1.2歳 (1年と2.4ヶ月) というかなり早い離乳終了年齢を復元できたこと.


これらの成果によって,
  • 数万年以前のヒトより古い人類について離乳の年齢を復元できるようになった.
  • ヒトの特殊な生活史に対して,ネアンデルタールとの比較という観点から示唆が与えられる.

背景

離乳年齢 (授乳期間の長さ) は,出産間隔や,子供の健康・成長に関わるため,人類・霊長類の集団サイズの増減において重要なパラメータになります.過去のヒト集団について,炭素・窒素元素の同位体分析を利用して離乳年齢を復元した研究は多くなされてきましたが,この方法は数万年より古い人類の離乳年齢復元にはほとんど適用できず,新たな分析手法が求められていました.

また,ヒトの離乳年齢は他の大型類人猿 (チンパンジー,ゴリラ,オランウータン) より若く,ばらつきも大きいことが明らかにされています.人類学では,進化の過程のどこかの段階でヒトの離乳が早まったと考えられていますが,前述のように,これまではヒトより古い過去の人類について離乳年齢を復元できる確実な方法がほとんどありませんでした.


方法

論文の著者らは,年輪のような歯の成長線に記録されたバリウム (Ba) の元素濃度から,離乳年齢を復元する手法を新たに確立しました.胎盤→母乳→離乳食 と栄養の摂取源が変化すると,子供体組織のBa濃度は,低→高→やや低 と変化します※2.歯エナメルの成長線を偏光顕微鏡下で数え,対応する部分のBa濃度を分析すれば,生後何日で離乳食が導入され,授乳が終わったか推定できるわけです.


結果

著者らは,まず,現生のヒトおよびマカク (オナガザル科の一属) の歯にこの方法を適用し,すでにわかっている離乳の履歴と対応がついたことを確認しました.

次に,ネアンデルタールの奥歯 (第一大臼歯) 1本に方法を適用し,生後227日まではエナメルBa濃度が高いままで,そののち生後435日までは低下していくことを明らかにしました.この結果は,この個体が生後7.5ヶ月くらいまで母乳で育ち,その後1.2歳には母乳を摂取しなくなるような,急な離乳を経験したことを示唆します.


考察

民族学で調査された現代のヒトの伝統的社会では,平均的には,生後半年で母乳以外の食物を食べさせ始め (離乳開始),2.3-2.6歳で授乳をやめる (離乳終了) という研究があります※3 (ばらつきも大きいのですが).また,野生チンパンジーの離乳終了年齢は4-5歳くらいといわれています.

今回の研究のネアンデルタール1個体では,離乳開始が約0.6歳,終了が1.2歳程度と復元されました.現代の民族社会や野生チンパンジーと比べると,ずいぶん早くに母乳の摂取が終わっていることがわかります.この結果はけっこう驚くべきものなのですが,標本数が少ないこともあり,確実なことはまだ言えません.同様の方法でさらなる資料を分析すれば,人類の進化史に重要な示唆を与えられるだろうと,まとめています.



※1 このブログにはもう何も書かないことにしたのですが,ぱんつさんなどが活躍されているのに刺激されてつい...

※2 子供が母親の胎内にいる間は,胎盤によって,母親から胎児に移るBaの量が制限されていますが,乳腺ではBaを制限するはたらきが弱いため,生まれた子供が母乳を飲み始めると,子供体組織のBa濃度は増加します.一方,離乳食などに使われる植物では,吸収可能な状態にあるBa量が少ないと考えられるため,母乳の相対摂取量が小さくなるにつれ,子供体組織のBa濃度はたいてい減少していく,と論文のなかで議論されていました.

※3 あくまで「伝統的な民族社会」における平均的な数値です.現代の日本のような工業化社会ではまた違った年齢になります.ヒトの離乳年齢は社会・文化的な要因によっても大きく左右されるので,時代や地域によっても大きなばらつきがあることがわかっています.

2012/12/01

さよなら

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この場所にこれ以上の言葉を重ねることが,ちょっと息苦しくなってきたので,お終いにしようと思います.2010年の12月から2年間,このブログはその存在意義を十分に果たしてくれました.言ってみれば,自分に対して,文章という強力な魔法をかけていたようなものです.

しかし,いまの私には別な言葉・文章・魔法が必要です.ここに書いた言葉はきちんと効力を発揮しましたが,その残渣は,そのぶん強力な副作用ももっていました.

というわけで,私はこのブログから逃げだすことにしました.そのときどきに必要な言葉を,どこかに,それぞれ積み重ねていくことにします.それでは,さよなら.

2012/11/06

AAASエディター講演会

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先週学内で開かれたAAASエディターさんによる特別講演会のまとめ.
面白いなと思ったところだけまとめてみました.

オープンアクセス誌の収益モデルはScience誌には合わない,という明確な立場.

文献やデータは出版と同時に利用可能になってきている → in prep などは無し.
Data not shown ではなくSupporting Materialsで示す.

Editorによってリジェクトされる主な理由.
  • 幅広い分野から興味を持たれる一般性がない
  • 仕事量が不十分
  • もっともおもしろい部分が推論に基づいている

うまくいった研究者のように考える.
  • 2つの分野の融合領域ではたらいている
  • 古くからある難しい問題に新しい技術を適用する
  • 予期せぬ結果を突き詰める

カバーレターは,Editorに直接的に話しかけられるチャンスである.

アカデミックカレンダーにあわせて,1年周期できれいに,原稿投稿数が変動している.